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明治時代から昭和初期にかけて、ブリキに「錻力」とか「鉄葉」といった漢字が当てられました。
幕末に開港した横浜に、外国人の居留地がつくられ、○番館と呼ばれる煉瓦造りの西洋風建物が建てられました。その頃、煉瓦はまだ日本になかったので、錫(すず)をメッキした鉄板の箱に容れて輸入されてきました。 築造する大工や職人には、日本人が使われました。誰かが、英人の技師が箱に入ったままの煉瓦を指して「ブリック」と言ったのを聞き、箱の方を「ブリキ」というモノだと誤解しました。
これが広まって、ブリキが日本語(通語〔つうご〕)になりました。
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