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「STEEL CAN AGE」Vol.20 長谷川理恵号

HAND IN HAND

Vol.20 長谷川理恵号
2008年8月発行

安全で安心な暮らし、
住みよい地域社会を目指す生活学校

生活学校では、生活者の視点から日々の暮らしの中で感じた疑問や問題について学び、企業や行政などと対話し、具体的な対策を進める実践的な活動を展開している。生活・消費問題から地域の環境、医療、教育問題まで幅広いテーマを取り上げ、これまでに休日当番医制度、禁煙車両の導入、食品の簡易包装などの実現に貢献してきた。今回は、40年以上の活動実績を持つ生活学校を取り上げ、そのうちの事例の一つとして、缶の散乱防止や表示改善に取り組んできた六郷生活学校の取り組みを紹介する。

生活者の視点から、身近な問題に取り組む
散乱していたプルタブの山30kgを前に飲料メーカーと対話集会を実施
散乱していたプルタブの山30kgを前に飲料メーカーと対話集会を実施
生活学校の前身である新生活運動が始まったのは1950年代。敗戦後の混乱から立ち上がり、豊かな社会を構築しようと、町内会や婦人団体などが活動母体となって生活習慣の合理化や環境衛生の改善、まち美化などに取り組んできた。各地での自発的な広がりと並行して、文部省(当時)の社会教育審議会の答申を受けた鳩山内閣が積極的な支援を提唱し、1955年に新生活運動協会(現在は(財)あしたの日本を創る協会)が設立され活動を推進。1964年に、新生活運動の一環として生活学校という活動集団が誕生し、教育委員会から学校のPTAなどに各地域の生活学校への参加を呼びかけた。現在は、全国で約1,000に及ぶ生活学校が活躍している。全国生活学校連絡協議会事務局長の鈴木和子さんは次のように語る。

鈴木和子さん 「女性の積極的な発言を求めていたので、生活学校の活動は女性が中心となっているところがほとんどです。生活者の視点で身近なテーマを取り上げており、食品添加物や高齢化社会に向けた取り組み、環境問題などその内容は多岐にわたります」

その成果の一つが、缶の飲み口や表示の改善を提案するなど、製造物責任(PL)法や容器包装リサイクル法を先取りした六郷生活学校の取り組みだ。

六郷生活学校による、缶の散乱防止と表示改善活動 六郷生活学校(東京都大田区)が缶にかかわる活動を進めてきた経緯を、六郷生活学校会長の矢野瑞耶さん((社)東京のあすを創る協会理事、東京都大田区生活学校連絡協議会会長)は次のように振り返る。
矢野瑞耶さん
「当初は子どもの健康を守ろうと、おやつや缶飲料の調査をしていました。同じころ、ごみの埋立地を見学し、海に浮かぶ缶やビニール袋を見て、リサイクルの必要性を感じたことがこの活動を始めるきっかけとなりました。当時はまだ役所にリサイクル課もない時期でしたが、『誰かが世話をしてくれたら資源のリサイクルに協力したい』との声が地域からあがったため、六郷生活学校であき缶の回収を行うことにしたのです」

プルタブの形 散乱していたプルタブの山30kgを前に飲料メーカーと対話集会を実施 生活学校の会員、家族から地域の人々へと運動の輪は広がり、月1回の回収量は、700kgを超えるほどになった。そうしたあき缶回収活動の中で直面したのがプルタブの散乱だった。飲み口から切り離されるのでポイ捨てにつながりやすく、砂浜で踏んだ人がけがをしたり、水鳥が飲み込んでしまう事態が発生した。そこで、アメリカで導入されていたステイオンタブを日本でも取り入れようと、1984年から飲料メーカーと対話集会を実施。当初は反対されたものの、対話を重ね、試験的な導入を経て、1990年に各社で本格的な採用が決定した。ちょうど「再生資源の利用の促進に関する法律」(1991年制定。現在の資源有効利用促進法(3R政策)の前身)と重なった時期でもあった。

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