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STEEL CAN AGE

MAIN REPORT

板厚0.170mm、
業界最軽量のスチール缶登場!

-材料・製缶技術の挑戦

2018年、東洋製罐(株)と新日鐵住金(株)※は、業界最軽量となる鋼板板厚0.170mm、缶胴部板厚約0.07mm、重量16.2gのスチール缶を共同開発。ダイドードリンコ(株)様のコーヒー缶飲料(185g)に採用され、現在すでに全国に普及している。今回のメインレポートでは、同缶の開発から採用までの道のりを、材料と製缶(成形)の2つの技術領域からご紹介し、ユーザーであるダイドードリンコ(株)様の評価や今後の期待を伺った。

※新日鐵住金(株)は2019年4月1日より日本製鉄(株)に商号変更。

 

材料技術

新たな開発コンセプトを掲げ、高いハードルに挑む

不純物との戦いは“無害化”から“徹底除去”へ

スチール缶に使われる極薄の鋼板は、鋼の成分が酸化してできた直径10~100µmの肉眼では見えない小さな不純物(介在物)があると、缶の成形時に曲線部や缶壁部の割れなどの成形不良が起きる。鉄は圧延すると伸びるが、硬い不純物は伸びないため、不純物を起点に破断しやすくなる。

鉄鋼業界では、缶の成形を邪魔する不純物を除去する精錬技術開発に長年取り組み、混入量を数PPMレベルまで段階的に低減してきた。2009年以降使われてきた鋼板板厚0.185mmから0.170mmへのさらなる薄肉化への挑戦では、これまでの延長線上ではない“発想の転換”が必要だったと、新日鐵住金(株)ブリキ営業部の仙田俊雄氏は言う。

「従来は精錬後の溶鋼を攪拌する設備や溶鋼を流し込む鋳造機の形状変更などで、不純物をできるだけ浮上させ除去して、鋼材への混入量の低減を図ってきました。しかし数十ミクロン程度の極小の不純物は浮上・分離させにくく、こうした方法には限界がありました。そこで今回の0.170mmへの挑戦では“取り除く”のではなく、“生成そのものを極限まで抑える”という方向に開発コンセプトをシフトし、不純物のさらなる低減に向けて、元素組成や温度履歴など精錬プロセス自体の見直しを図りました」

実際の商業生産プロセスでの試験で課題を克服

検討開始から開発期間は約5年。実際に数百トンレベルの転炉で溶鋼をつくり、製缶メーカー(東洋製罐)の商業生産プロセスで缶の成形試験を行った。ラボ試験だけでは高速で量産する実機生産の品質信頼性は十分確認できない。商業生産での低コスト化を念頭に、精錬する転炉の操業条件を変え、いくつかの水準で鋼材をつくり分け材質を検証した。

「基礎理論や蓄積した過去の知見をベースに数十種類に操業条件を絞り込み検証を繰り返しましたが、製鉄の上工程(精錬)から材料供給、実際の製缶プロセスでの成形検証まで、1回の試験に非常に長い期間を要します。1回の試験の答えが出るまで時間がかかるため、現場を含めた関係者の士気を鼓舞することに腐心しました。結果として開発メンバー一丸で高速生産・大量生産の課題を克服することができたと思っています」(仙田氏)

1992年に東洋製罐が究極の缶「TULC」(後述)の開発に成功し、市場に投入した時期、コーヒーの飲料容器は185gのスチール缶(3ピース缶)が主流だった。その後、アルミ缶が参入し、近年になってボトル缶やペットボトル、コンビニでも販売されるカウンターコーヒーが登場して容器素材は多様化した。全体として好調なコーヒー飲料市場でのさらなる拡販に向けて、仙田氏は抱負を語る。

「当初はアルミとの差別化など金属缶としての優位性の確保が重要でしたが、現在はそれに加えて、飲料容器としてのスチール缶の良さを訴求する多様な戦略が必要です。コストパフォーマンスの良さを前提に、省資源・省エネにつながるさらなる薄肉化はもちろん、強度や打検※ 適性、リサイクル性などスチール缶の優れた性能を社会に広く認知していただき、斬新なアイデアで鉄の可能性を追求していきたいと思います。製缶メーカーをはじめとするお客様から常に選んでいただける材料をつくり続けていきたいですね」

※打検:音波を利用した缶詰の非破壊検査方法。缶底を叩いてその振動数を解析し、製品の内圧を判別して良否判断する。

 

製缶技術

革新技術「TULC」の価値をさらに高める挑戦

環境負荷を大幅に低減し、市場を席巻した「TULC」

東洋製罐が1992年に開発した究極の缶「TULC (Toyo Ul-timate Can)」は、缶材料と生産プロセスを根本から見直すことで環境負荷を大幅に低減した2ピース缶。潤滑の役割をするPETフィルムを内外面にラミネートした鋼板(TFS:Tin Free Steel:錫を使用しない鋼板)を従来のDI缶※ と同じくカップ形状に加工したあと、絞り加工に引っ張り加工、さらにしごき加工を加えて缶の側壁を薄くしている。

DI缶と違って加工時にクーラント(潤滑・冷却剤)を使用しないため、成形後に洗浄する必要がなく廃水処理は不要だ。また、内外面にPETフィルムをラミネートしているため、飲料などの内容物の品質を担保する上で不可欠だった内面塗装も不要になり、塗料焼き付けによるCO2排出量も大幅に削減している。東洋製罐(株)テクニカルセンターの金田洋幸氏は普及過程を振り返る。

「185gのコーヒー缶を中心に国内市場で確固たるポジションを確立したTULCを世界市場に広めるため、DI缶のボディメーカーでもTULCをつくれるようにし、グローバルシェアの拡大を図りました。2009年にまず鋼板板厚が0.185mmの製品を開発しました。薄肉化については、その普及と並行してタイの生産拠点で開発を始めました」

※DI缶:Drawing and Ironing缶。コイル材をカップ状に絞り、しごき成形した2ピース缶。1958年にアメリカで誕生し、1970年代以降日本でも普及した。

材料・成形・充填一体のソリューションを確立

コーヒー飲料市場における他素材との競争激化を背景に、2013年ごろから一歩先を行くアドバンテージの創出を目指す。同社では材料を供給する新日鐵住金と共に、さらなる薄肉化への挑戦をスタートした。

開発では、鋼板をさらに薄くしただけでは成形途中で鋼板が切れてしまうため、試作したサンプルを両社で互いに分析。新日鐵住金は鋼材のつくり込みの段階から材料の品質向上に取り組み、東洋製罐では、成形時の材料へ加わる負荷を最小化する成形方法を検討し、最適化した。

「試作した材料の成形試験で発生した不良を特定し、材料・製缶両面から対策の方向性を確認し、改善作業を繰り返しました。材料の精錬から製缶まで、量産を視野に入れた実機での試験は数カ月を要しましたが、タイの生産拠点での数回の検証後、最終的に国内でも5回試験を行い、0.170mmの薄肉材による安定生産体制を確立しました」(金田氏)

また、コーヒーなどのミルク入り飲料は、製品の良否判定を打検で確認する必要性から、缶底がフラットで缶の内圧が外気圧より低い陰圧缶が一般的に使用されてきたが、缶胴の凹みなど形状不良が起きやすいため薄肉化に限界があった。今回の開発製品は、缶の内圧が外気圧より少しだけ高く、缶胴が薄くても強度を保持できる低陽圧缶でありながら、缶底がフラットな形状のため打検システムを使用できる。それを可能にしたのが東洋製罐が開発した「低陽圧充填システム※ 」 だ。東洋製罐(株)営業統括室の児玉剛氏はその採用経緯を説明する。

「低陽圧缶である開発製品を使っていただくにはこの充填システムの導入が不可欠なため、缶と充填装置をセットでご提案しています。0.170mm低陽圧缶を初採用いただいたダイドードリンコ様は、長年にわたるお付き合いで、コーヒー缶では板厚0.225mmの陰圧缶(2ピース缶)を使っていただいていましたが、2015年に0.185mm低陽圧缶をご提供し、同時に充填企業様にも『低陽圧充填システム』を導入いただきました。その後、今回の0.170mm低陽圧缶についてさらなる軽量化対応が評価され、ご採用いただきました」

※低陽圧充填システム:無炭酸飲料の製造において薄肉容器を使用するため、液体窒素を充填し容器内を一定の範囲で陽圧化するシステム。

環境・コストメリットをベースに“次の究極缶”を目指す

同社は昨年10月に開催された「TOKYO PACK 2018(2018東京国際包装展)」で0.170mmの低陽圧缶を紹介。使用材料の削減によるコストダウン効果と省エネなどの環境性能の高さを中心にPRした。0.185mm時代からの充填企業様は、すでに低陽圧充填設備を導入しているためすぐに同製品への切り替えが可能なうえ、従来の打検システムをそのまま使える。

東洋製罐グループホールディングス(株)環境部の藤本哲也氏は、容器素材が多様化する今こそ、コスト・環境メリットと打検性能をアピールして差別化を図りたいと語る。

「スチール缶はリサイクル性を含めて非常に優れた環境性能を持っています。そこをアピールしながら拡販につなげていきます。飲料スチール缶は低陽圧、陰圧ともに打検性能を有し、内容物品質に対する信頼が得られています。飲料以外の食品缶はスチールの持つ強度を活かして流通特性、食品保存性の面で強みを発揮しており、現在ほとんどの内容物でスチール缶が使われています」

同社では今後、0.170mm缶の量産過程で生まれる新たな課題を着実にクリアし、品質への信頼を維持・向上して安定生産を継続していく。最後に、皆さんから抱負を伺った。

「0.170mmの安定生産を継続する過程で、『次の究極缶』開発の種を見つけたいですね。薄肉化に限らず、消費者の方々に手に取っていただける、使いやすくなったと思っていただけるなど、変化を感じていただける容器開発にチャレンジしていきたいと思います」(金田氏)

「環境負荷の低減については、自社のエネルギー・廃棄物削減はもちろんのこと、特に今は、自社を越えた製品のライフサイクル全体での環境性能向上が求められています。スチール缶についてはパートナーである新日鐵住金さんと共に、材料の製造から缶の廃棄・リサイクルまでの長いスパンでエネルギー・廃棄物削減を実現していきたいですね」(藤本氏)

「今後も容器のバリエーションが広がる中で、トップシェアの製缶メーカーとして、飲料メーカー様との対話と綿密な市場調査や消費者調査による情報を活かしながら、高品質・低コスト、そしてさらに付加価値のある新たな商品を継続的に市場に送り出していきたいと考えています」(児玉氏)

 

飲料メーカー

容器を含めて、魅力的な商品を提供し続ける

こだわりの味を支える容器の進化

1975年の発売以降、本格的な味わいにこだわり、国内市場で確固たるブランドを築いている「ダイドーブレンドコーヒー」。ダイドードリンコ(株)コーポレートコミュニケーション部の正本肇氏は、同社の強みは“商品開発力”にあると言う。

「当社はファブレスの委託生産体制のもと上流の商品開発に特化し、他社が真似できないブレンドや斬新な容器など、ユニークな商品を素早く市場に展開してきました。香料無添加を含め本格的な味わいへのこだわりをベースに他社との差別化を図り、ブランド力のさらなる強化に努めています」

SOT(ステイ・オン・タブ)コーヒー缶については、2013年に低陽圧仕様の新たな容器導入を東洋製罐、製造委託先様と3社で協議・検討し、翌年からラインテストを実施。品質の信頼性を確認して、2015年7月に0.185mmの低陽圧缶を商品化した。

「低陽圧になると充填方式が変わるため、製造委託先様では設備変更が必要でした。工場や内容物によって異なる操業条件を個別最適化するため、テストを繰り返して品質の安定化を実現。そしてその技術導入とあわせてさらなる薄肉化に取り組み、昨年5月、の低陽圧缶を市場に送り出しました」と、ダイドードリンコ(株)生産管理グループの廣畑統司氏は、0.170mm実用化の経緯を説明する。

スチールの優れた環境性能に期待

缶コーヒーを販売する飲料メーカーにとって、スチール缶の第一の強みは確かな打検適性にある。アルミとは異なり、ミルク入り内容物のオンライン検査が可能だ。現在同社のSOTコーヒー缶(185g)はそうした品質安全への信頼を背景に、低陽圧充填のスチール缶が使われている。

また同社では、容器材に限らずラベル、キャップ、カートンも含めた環境負荷低減を目指している。今回の0.170mm低陽圧缶をひとつの通過点として、さらに環境性能の高い材料・缶の開発に期待していると、ダイドーグループホールディングス(株)コーポレートコミュニケーション部の北川亮一郎氏は語る。

「欧米の動向を見ても、消費者はおいしさや利便性、デザインに加えて、環境配慮が商品の重要な選択基準になってきています。100%近いリサイクル率を誇り、さらなる薄肉化に挑戦するスチール缶の可能性をさらに広げていただきたいですね」

コンビニのカウンターコーヒーの登場などによりコーヒー飲料の購買層が広がるなかで、ダイドードリンコ(株)コーポレートコミュニケーション部の中川麻琴氏は今後の抱負を語る。「裾野が広がる市場に向けて、長時間経っても味わいが変わらない商品をはじめ、利用シーン別に商品の差別化を図っていきます。容器についてもリキャップ性はもちろん、パネル形状を含めた多彩なデザインなど消費者の興味をひく、目につく、驚きのある商品を生み出していきたいと思います」